2012年3月29日 (木)

キャノン110Eポケットカメラ

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1975年(昭和50年)3月発売。型式、110カートリッジ使用レンズシャッター式ポケットインスタマチックカメラ。画面サイズ13×17mm。標準レンズ26mmF2.7(4群4枚構成)。
ピント合わせは目測ゾーンフォーカス式。
大きさは133×29×56mm、240g(電池含む)。
使用電源、6Vの4G-13型酸化銀電池1個。

発売価格26,000円、ケース1,500円、結構なお値段でした。
このカメラも「写るんです」フィルム付きカメラの登場で、短い命であった。

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ナショナル「AUTO WINDER  C-N2」

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1970~80年代に登場したポケットカメラ。しかし、その後登場した「レンズ付きフィルムカメラ」などが普及したため、あえなく消えてしまったようである。
短い人生であった。

ポケットカメラと言っても結構大きい。長さ約16cm、幅約6cm、厚さ約3cmである。
レンズは24mm広角、48mm標準が装着されており、切り替えて使用する。フィルムはASA400対応で110密閉タイプである。
ストロボ撮影範囲はASA400で標準1.5m~3mである。
電源は単32本である。

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2011年6月20日 (月)

ASAHI PENTAX SP

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小型のCdSを搭載したTTL絞り込み測光の代表的名機SPOTMATIC。カメラファンにとって一眼レフカメラと言われて、頭に浮かぶのはこの形であろう。

昭和39年(1964年発売)当時の写真機としては小さい方である。その頃、ペンタックスは軽くて、コンパクトという定評があった。SPも例外ではなく小型軽量というペンタックスの伝統を守っている。143×92×87mm、868gである。

写真機の形も安定感があり、バランスのとれた美しいスタイルである。ブラックボディとなるとなおさらである。

小型軽量を踏襲しながら、時代の要求であるTTL方式の露出計を組み込むことに成功したSPは発売直後から、高く評価された。また、故障の少なさでも定評があった。

型式 フォーカルプレーン35mm一眼レフ

標準レンズ スーパータクマー55mmF1.8(5群6枚構成)

マウント 直径42mm、ピッチ1mm、スクリュー方式

ファインダー ペンタリズム固定、倍率等倍、視野率93%、クイックリターンミラー。

シャッター 布幕横走行フォーカルプレーン、T・B・1~1/1000秒、セルフタイマー、FP・X接点。

バッテリー 水銀電池

この写真機は引っ越しされるという時、ご主人が廃棄するというのを、もったいないので、奥様から頂いたものである。

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2011年4月23日 (土)

ニコンFM

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ニコンFMはマイフレさんのご主人から頂いたものです。

ニコンが初めて登場させたコンパクト機であるが、ニコンらしい堅牢さ、精度を失ってはいない。

コンパクトを実現させる必要から、操作は極シンプルで扱いやすく、一眼レフの洗練度の高い機能を確保している。

中級機種のダウンサイジングが一眼レフに求められていた1970年代。限られたスペースとハイペックの両立に写真機メーカーが躍起なっていた時代でもあった。ダウンサイジングというオリンパスOMー1が引き起こした大きなブームの流れの中で、それに応える機種として、堅牢で操作のシンプルなマニュアル機として、一眼レフのスタンダードを示したした写真機でもある。

ハイアマチュアや玄人にも強く支持されたFMは進化を続け、マニュアル機の気骨を今日へと伝えている銘機である。

1977年5月発売、発売当時の価格81,000円(50mmF1.4付き)。

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2008年8月16日 (土)

Nishika 3-DN8000

Photo レンチキュラーカメラ・・・いわゆる立体カメラです。香港製。製造年は不明。

カメラは4連レンズである。深度1.6mm~∞の固定焦点。オモカメのようだが、フィルム巻上げはレバー式、露出はお天気マークで設定し、露出不足を警告する赤色ランプ付。シャッターを軽く押すと露出不足の時は赤い表示がファインダー内に点灯する。

フィルムは35mm。フレームサイズはハーフフレームサイズ。縦長のハーフサイズのフレームを同時に4枚撮影する。

今はこのレンチキュラーで撮影した写真の仕上げは写真屋ではほとんど行なっていない。そのためこのカメラは骨董市やフリーマーケットで売りに出されていると言いいます。私も骨董市で2000円で買った。ボディーは強化プラスチック製であるがほとんど使われなかったせいか美品である。

まだ実施したことはないが、写真屋で仕上げをしてくれないと言うことで、パソコンと高画質プリンターで写真加工をするフリーソフトがあると言います。これを利用して、立体写真を作ってみようと思っている。

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2007年9月 5日 (水)

ヤシカ・エレクトロ35GL

Yashikaelectro35gl1 1973年(昭和48年)6月、34,500円で発売された。GTに比べてかなり変更されている。

レンズは伝統的に45mmだったものが、40mmと5mmワイド側にレンジを広げている。ファインダーも画像が大きくなり、見やすいファインダーに変わった。レンズ回りの「AUTO」「B]がなくなり、GTでは軍艦上部にあったフィルム感度表示がつけられた。

露出計のセンサーの位置もGTはファインダーの窓の左に配置されていたのに対して、レンズリングのセンター上に埋め込まれた。ホールド時に受光窓を指で覆うという事故も防ぐ上に、明度が変化するフィルターをつけたとき受光素子がフィルターの分まで露出を計算して出してくれる。

露出表示部が四角から丸に変わり、表示も矢印で表示することに変わった。フィルムのカウンターも巻き上げハンドルの右側から、上に変更された。

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2007年9月 1日 (土)

ヤシカ・エレクトロ35GS

Yashikaelectro35gs3 ヤシカエレクトロ35GSは1970年(昭和45年)6月発売。

この時代はカラーフィルムが本格的に普及し始め、写真機メーカーはこぞって、色の綺麗なレンズを開発していった時代でもある。

GSは初期のエレクトロ35の完成形といわれているが、1969年3月発売のエレクトロ35GTの後期機と仕様は変わっていない。

レンズはカラーヤシノンDX 45mmF1.7と変わっていないが、レンズの設計が耐亜硫酸ガス特殊ガラスになったということ、周辺光量もこれまでのモデルより改善されてということである。

その後、ヤシカエレクトロ35GSNが出て、アクセサリーシュに変わって、専用ストロボが使えるようになったということであるが、あいにく持ってはいない。

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2007年5月 7日 (月)

ヤシカ・エレクトロ35GT

Yashica35 1969年(昭和44年)3月発売。ヤシカエレクトロ35は1966年7月に発売された、ブラックボディーのバージョン。ヤシカは現在京セラに吸収されており、「ヤシカ」のブランド名は国外用である。

GT・・レンジファインダー式二重像合致式。レンズは固定式で交換は出来ない。レンズはヤシノンDX 45mmのF1.4。電源は水銀電池であるが、今は入手できない。シャッターの半押しで軍幹部のLEDが点灯して、露出の過不足が分かる仕掛けである。

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2007年3月 9日 (金)

おみやげ用写真機 KODAK TouristⅡ

Kamera0503 この写真機は2000年ころ、フリーマーケットで買った。

一人の青年が、この写真機1台を売るために店を開いていた。一目見て、おもちゃ写真機のようにしか見えないので、誰も相手にしなかったようだ。

ピカピカと綺麗な写真機だったので、運悪く、声をかけてしまい、いろいろ話を聞く羽目になってしまった。

アメリカに観光旅行に行って、日本で言うビックカメラのような店で、見たときはピカピカでかっこよい写真機ということで買ったということであった。日本に帰ってきて、フィルムの入手が難しいので、フラッシュの球は使ってなくなっているけど、未だ新品同様なので100ドルくらいで買ってくれないかということであった。日本円で1万6千円くらいになるので、要らないと断ったが、結局8千円で買うことになってしまった。

シャッターはFLASH KODON SHUTTER、速度はB,T,Iのみである。レンズは単眼KODETLENS、絞りは12.5,16.22.32.のアメリカ仕様。フィルムは620(This Camera does not take 120filmと裏蓋に注意書きがしてある)。フィルムカウントは背面の赤窓から。距離計など距離を設定する仕掛けはない。ファインダーから覗いて感できめるほかはない。まったくのおもちゃ写真機である。

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2007年1月18日 (木)

コダックHolidayFlash

Kodakholidayflash コダック社製造のおもちゃ写真機「Brownie Holiday Flash」。

シャッター、絞り等の設定はない。フィルムは裏蓋の赤窓で確認。フラッシュはシャッター圧下で作動。レンズ、コダック製。

ベークライトボディーはしっかりとした作りである。

製造はいつごろなのだろか?・・・・知らない。

数年前に骨董市で見つけたもの。

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2006年12月26日 (火)

BEAUTYFLEX

Beautyflex 太陽堂光機(後のビューティカメラ)製造の二眼レフ。太陽堂光機は豆写真機専業から始まり、スプリング写真機、二眼レフ、ビューティカンターのような輸出用の安価な写真機もたくさん製造している。

二眼レフも多様な機種を送り出している。この写真機はいつごろ製造されたのかは分からない。アクセサリーシュもなく、フィルムカウンターの赤窓もない。

絞りは正面右側のレバーを操作して、小さな小窓に現れる。またシャッターは反対側(左)のレバーを操作して、絞りと同じような小さな窓に表示される。絞りは3.5,4,5.6,8,11,22.。シャッタースピードはB,1,2,5,10,25,50,100,200である。レンズは帝国f=80cm、3.5.。

裏蓋の表面には絞りとシャッターの早見表が英語で取り付けられている。輸出用に作られたものかもしれない。

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2006年10月23日 (月)

BBセミファースト

Bbsemi_first 1940年(昭和15年)、栗林写真機製作所製造から発売になった。写真は翌年1941年(昭和16年)製造のもの。

使用フィルムは120(4.5cm×6cm)。

ファインダーに隣接してダークグリーン露出計をハウジングに入れている。わが国の写真機でダークグリーン露出計を内蔵させたのはこの写真機であった。

距離計連動式である。レンズはファストアナスチングマット4.5、F=7.5cm。シャッターはウェスターモデルーI。1~200その後にB、Tの順に並んでいる

写真機のボデイーの状態はしっかりしているが、板金むき出しである。

1941年は真珠湾攻撃によりアメリカに宣戦布告太平洋戦争が始まった。

この年、巳のさんが生まれている。

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2006年9月29日 (金)

コンパクト、ヤシカエレクトロ35MC

Yashicamg 1972年7月発売、18,000円。IC回路とフレキシブルプリント基板を小型軽量写真機として人気モデルであった。レンズ:ヤシノンーDX、F:40mm、2.8付。距離計とブライトフレームを省略してあり、ピンボケになりやすいのが欠点。作りは丁寧で、綺麗である。小さくても使いやすさはさすがにヤシカと思わせる写真機である。

浅間山荘事件、 札幌冬季五輪、 山陽新幹線開通、 沖縄返還、 日中国交回そしてパンダが上野動物園に。押すな押すなの大騒ぎであった。

18型トリニトロンカラーテレビ、 ポケット・インスタマチック・カメラ 、 カシオミニ計算機 デジタル電子体温計 が世に出てきた。

森昌子「せんせい」でデビュー。





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2006年9月 6日 (水)

ケースも可愛い、Bolsey Model B2

Bolseyb2 スイス人ヤコブ・ボルスキーがアメリカに渡って、設計した写真機。変わった写真機である。

1949年(昭和24年)発売。ボディーが台形で、大きさもタバコの箱くらいである。小さくて可愛い。ケースも女の子が好むように可愛い。重量も530gと軽い。

シャッターはエバーセット式と呼ばれるシャッターが搭載されているが、初めて見るスタイルである。簡単な構造とはいえ、1/200のシャッター速度を持っている。T、B、1/200、1/100、1/50、1/25、1/10。セルフタイマーはない。シャッターがバネを弾くので、1/200の高速を備えているので、ばね圧が高いため、手ブレを起こすと言う欠点がある。

絞りは3.2、4、5.6、8、11、16、22。撮影距離は0.66mから無限遠。レンズはウォーレンサック・アナスティグマット44mm、F3.2。3枚玉。

簡単な構造の割りに、連動距離計が搭載されている。一般的にある二重像合致式ではなく、上下合致式である。ビューファインダーは別窓となっている。距離をあわせた後、ビューファインダーをのぞいて、フレミングする。

手ブレが多いといわれるので、三脚は必需品??。

フィルム装てんは下部にあるレバーをopenの方に回転すると、背面と底が一体でハズレる構造である。

写真機背面に絞りと距離をダイヤルで計算する早や分かり表が取り付けられている。

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2006年8月18日 (金)

アグファ・ビリー

Agfa 1935年(昭和10年)。ドイツ・アグファ社製造。「日本カメラ博物館」で購入したパンフレット誌で名前が分かった。

使用フィルムは120(4.5×6cm)。

角型のボディーが特徴。「ビリー」の名前はアグファ社が製造した普及型の蛇腹を使用するロールフィルム写真機の中でも、代表的なもので、1920年から1960年ころまで製造販売されていた。

距離はレンズ枠の右側にあるレバーを操作する・・・珍しいと思う。

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2006年7月24日 (月)

最新式一眼レフ?キャノンT70

Canont70 1984年4月発売。FD35-70mmF3.5-4.5付きで104,000円。ボディーのみでは69,000円。望遠60~300mmはタムロン。巳のさんの持っている一眼レフでは最も新しい写真機である。

骨董市で4,000円で仕入れた。買うつもりはなかったのだが、あまり熱心に見ていたのだろうか、買ってくれると思ったのだろうか。「安くするからどうだと言いながら、10,000円では」と値を下げてきた。クラシク写真機しか興味ないといって断ったが、これだって、写真機の世界ではもうクラシックだよと言いながら、いくらだったら買うねと言って来た。一部不具合が見つかったので3,000円と言った。そして、当初12,000円といっていたのが5,000円でどうかといってきた。結局4,000円で手を打った。望遠(TAMRONFORCANON)、取り扱い説明書、外付けストロボ、写真機カバン、PLフィルター、UVフィルター一式がついてきた。レンズもボディーも超綺麗、機能はOKだった。

型式:35mmフォカルプレーンシャッター式ワインダー内蔵マルチモードAE一眼レフ。レンズ:キャノンズームレンズ。露出制御:複合型SPC素子使用、TLL開放測光。マウント:FDマウント。ピント方式マニュアルフォーカス。ファインダー:ペンタ固定アイレベル式、倍率0.85倍、視野率92%。フィルム送り:フィルム装填・給送:フィルム位置あわせ裏蓋とじで自動セット。電源:1.5V単32本。

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2006年7月 9日 (日)

コダック・PREMO

Kamera0264_1 PREMO(THE PREMO CAMERA)はコダックに買収されて写真機とフィルム「NO1PREMOFILM]」を発売している。

1913.JULY.8.の製造年月日と39102の製造番号が裏蓋の内側に刻印されている。(1913年は大正2年)

シャッターはEKC(イーストマンコダックカンパニー)のマークの上に、T,B,25,50,100。BallBearingである。シャッター位置はレンズの前にある。

フィルムは当然「NO1PREMOFILM」である。一枚撮りで、フィルムが装填されているカートリッジを差し入れて撮影する。9.5mm×130mm。

レンズはロッチェスターオプティカル(コダック製)である。

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2006年6月23日 (金)

ポケットサイズと言っても大きい写真機

          写真はNo1pocketkodakkodex シャッターメモリのコダックのマークの上に「NO1KODEX」と表示がある「No1POCKET KODAK」である。ポケットといっても折りたたんだボディーの大きさは165mm×80mm×30mmもあり、フロックコートのような外套のポケットにしか入らないのではないかなぁ。引き出したときの最大寸法は145mmである。

シャッターはイーストマンコダック社製。シャッタースピードはT、B、25,50の4段階。絞りF-6.3、8、11、16、22、32。レンズはコダックアナスチグマットF-6.3、105mmで、アナスチグマットはコダックでは上級機に取り付けられているのが多い。この写真機も上級機に属するのだろうか。

フォーカシングは左側のウォームギヤーを回転させて行うようになっている。

フィルムはNOA120。写真機の背面に赤窓とオーとグラフィック用のスリットがあり、そのスリットを押し下げてシャッター脇に取り付けられている鉄筆で記録を書き込むようになっている。しかし幅が狭いのであまり多くは書き込めない。撮影年月日程度か?

製造は1921年(大正10年)ごろから始められているようであるが、この写真機は1926年(昭和元年)製。写真機の程度としてはいいほうであろう。

大正天皇崩御は大正15年12月25日。翌日26日が昭和元年。この時、アメリカで時のクーリッジ大統領と会見していた秩父宮は急遽帰国することになった。その時、後で童謡で歌われることになった「青い目の人形」が秩父宮と一緒だったのである。約500体作られたと言う。

「都市型文化的集合住宅」の代表的存在である同潤会アパートの青山アパートの家賃が本に載っていた。西洋間35円、日本間25円だそうである。なお、当時の大卒者の初任給は50円程度だったと言う。

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2006年6月 9日 (金)

図体の大きいコダックNO1-A

          「1aoutkodak_1 NO1-A AUTOGRAPHIC KODAK JR」は私の持っている写真機では、アンスコNO1と同じく図体の大きい写真機である。200×95×40mmがボディーの寸法である。1914年(大正2年)ころから製造され、この写真機は1920年(大正9年)ころと思われる。古いわりには作りはちゃんとしている。

レンズはラピッド(RAPID RETILINEAR BAUSCH&LOMB OPICAL Co.)。シャッターはコダック(KODAK BALL BEARING SHUTTER)。シャッター速度は25、B,50,T,100の順である。絞りはUS-4、8,16,32,64,128と現在のものとはやや違っている。シャッター速度は設定速度で作動する。フィルム窓は赤窓式。また、裏蓋にはグラフィック用スリットがあり、スリットを開けて、備え付けの印字用鉄筆でデーターを書き込む。フィルムはNOA-116(110mm×65mm USE AUTOGRAPHIC FILM)。レンズがやや汚れているが、取り外してクリーニングすれば、綺麗になると思う。透視式ファインダー。

裏蓋の内側には特許取得の年月と国が刻印されている。PATENTED IN USA 1909年。CANADA 1909年。AUSTRARLIA 1913年。BRITISH 1914年。 その他1915年。

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2006年5月27日 (土)

イハーゲドリスデン

Photo ドイツ、イハーゲ社のスプリング写真機。製造年などは不明。レンズはドッペルペリスコープF:10.5cm。シャッターはZenith(ゼニス)の表記がある。ゼニスはスイスの高級腕時計を作っている会社であるが、この写真機のシャッターを作っていたのかどうかは、巳のさんは分からない。

Z(T),B,25,50,100でシンプルである。シャッターは完動でレンズも綺麗である。

ボディーも古い割には綺麗である。

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